岡本太郎先生から依存克服を学ぶ

前回記事『岡本太郎記念館に行ってきた』の続きです。

 

人生初の一人美術館。

「金払ってるからには何かしら得て帰りたい」

っていうドケチ根性一心で作品と対峙してきました。


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「顔は宇宙であり、眼は交流の穴である。
そう考える岡本太郎にとって、顔は特別なモチーフでした。
実際どの作品を見ても、そこには必ず顔があり、眼があります。
(略)
本展では、岡本太郎と僕たちをつなぐ大切な回路である「顔」に焦点をあてて、太郎が生涯にわたって描き続けた多彩な顔をご覧頂きます。」

 

以下。僕自身の心の声です。
めっちゃ自己解釈です。


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なるほど。確かに顔だらけだ。


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うーむ…

岡本太郎はこの作品で何を伝えたいんだろうか…?


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わからん。


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しかし、ホント眼が力強いね…


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何か訴え出るものを感じる…


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いやー、もう何でも擬人化してるんだね。

 

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作品名:手の顔

手すらもこんな眼で表現するのか…

もう、指ひとつひとつにも個性を感じるよね。


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個性。個性。個性って何だろう…


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岡本太郎的には、眼こそが個性ってことなのかな?


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さっき感じた訴え出るもの--

「俺はこうなんだ!」「こうありたいんだ!」っていう主張とか信念が個性なのかな…?


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意味はわからんけど、まっすぐな主張や信念が伝わってくるもん。


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いやー

 

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作品名:犬

俺自身、こんな眼をしてるんだろうか…?

 

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これほどの個性

--主張や信念を持って生きてるだろうか…?

 

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「自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ。」by太郎


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俺。自分のありのままを直視してるか?


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いやー。俺は逃げてきたなー。

現実の俺はギャンブルに依存しまくってるし、それを受け入れてこなかった。

だからこんな不自由な人生になってしまったんだ。


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自分のありのまま。クソしょうもない過去と現在をそのまま見るんだ。太郎的にはそれこそが強さなんだ。


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「こういう眼ができるようになる=個性たっぷりの全力人生」

ってことなんだ。


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今、俺が依存克服のためにできること。

眼(個性)をまっすぐ開く--自分を直視する

眼(個性)を殺さない--人生を輝かせる


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先生。そういうことですよね?

そういうことにしておきますね。

 

おし。(スッキリ)